おめでとうキングセイバー
〜第5回クラウンカップ 5月1日 in 川崎〜

       
絶妙なペースで
 クラウンカップに臨んだキングセイバー陣営の狙いはただ一つ。勝って次なる目標に駒を進めることだった―――
 ゲートを勢いよく出たキングセイバーは絶妙なペースでレースを引っ張った。直線追われると更にもうひと伸び。見事勝利をつかんだ。2馬身以上の強い競馬だった。聞けば道中でハミをとらず遊ぶ場面もあったという。現在は次なる目標に向けてハミを替えてのトレーニングに励んでいるまっ最中。これでレースでの集中力がアップすれば……結果は自ずとついてくる。勝利ジョッキーインタビューで鞍上の酒井忍騎手が高らかに宣言したのが印象的だった。「ダービーも獲りたいです!」





馬   名 性齢 負担 騎手 調教師 タイム 着差
重量 体重
1 3 3 キングセイバー   牡 3 55 酒井忍 八木仁 488 2:10:6 1
2 5 5 グリーンヒルレッド 牝 3 54 的場文 安池保 458 2:11:0 2 7
3 7 9 アルカングテースト 牡 3 55 野崎武 足 立 490 2:11:3 1・1/2 5
4 6 7 コオテンスポット  牡 3 55 金子正 八木仁 443 2:11:3 アタマ 9
5 5 6 リトルパンサー   牡 3 55 張田京 荒 居 494 2:11:4 クビ 6
6 8 11 スターオブブリッジ 牝 3 54 森下博 大和明 477 2:11:6 1 11
7 6 8 ボーディングパス  牡 3 55 石崎隆 山崎尋 466 2:12:5 4 2
8 2 2 トミケンコマンド  牡 3 55 佐藤隆 出川龍 487 2:13:0 2・1/2 12
9 4 4 イシノプライマシー 牡 3 55 内田博 村上頼 431 2:13:0 ハナ 3
10 1 1 アンジュ      牝 3 54 見澤譲 鬼沢裕 436 2:13:1 クビ 10
11 8 12 ノムラテンメイ   牡 3 55 左海誠 川勝歩 488 2:13:1 アタマ 4
12 7 10 インディアンツー  牡 3 55 桑島孝 八木喜 500 2:14:8 8 8


  狙いは次なるタイトル
「厩舎の人間全員が何をしなきゃいけないかが判ってた。ここで勝たないとダービーのチャンスを逃すってことを皆んな知ってたからね。それこそ厩舎一丸となったことが結果につながったね」
 八木仁調教師は静かに語りだした。「だから忍(酒井忍騎手)には何にも言わなかった。彼本人も騎手仲間から川崎競馬場2000mレースの難しさや3角のポケットで包まれて出られないことも承知していたしね」。酒井騎手にとって初めて騎乗する川崎2000だった。
 当日のキングセイバーの馬体重は前走からマイナス9キロの488キロ。「ギリギリの仕上げだったね。馬自体も厩舎全体の雰囲気を察していた。馬自身が自ら絞ったところもあるだろうね」「(酒井忍騎手も)自厩舎馬での大一番だけにプレッシャーもあっただろう。皆んなが今日までやってきた事を分かってるし自分がやらなくてはいけないことも充分理解していただろう。」人馬一体で臨んだ抜かりのない過程を何度も噛みしめながら師の話は続く。
性齢 ●牡3
毛色 ●青鹿毛
生月日 ●5月11日
●キンググローリアス
●エレガントタイクーン
馬主 ●木曽敏彦
調教師 八木仁
騎手 酒井忍
厩務員 ●大重武志
生産者 ●宇南山牧場

出会い

八木仁師がキングセイバーを初めて見たのは生産牧場である宇南山牧場でのこと。「ああいうのが『一目惚れ』っていう表現なんだろうなあ」とは師の弁。もっさりした印象と大体500キロ位で競馬を使えるだろうという成長後の馬格を当時から想像出来たそうだ。
キンググローリアス産駒ということで距離適正と価格を何度も天秤にかけた。この「キンググローリアスの男馬」は決して安くない。馬主さんに紹介するにあたって、この価格と見合う活躍を約束出来るか。馬を選ぶ基準として川崎の1600mで通用するかを絶えず意識する師は「一目惚れ」の馬を前に考えた。しかし厩舎に戻ってからも気にかかって仕方無い。そんな矢先、現馬主である木曽敏彦さんからの一報で競走馬としてのキングセイバー号が誕生した。

好走の秘密?〜基礎調教〜

 八木仁調教師には初めからヴィジョンがあった。キングセイバーを3歳牡馬戦線に乗せることである。最終の認定レースに間に合うよう基礎調教はみっちりと行われた。状態も仕上がりも早かった。そうなれば当然「早くレースに使いたい」と色気も出てくる。逸る気持ちを押さえて千葉の育成施設NSGライディングディビジョンで主にプールとトレッドミルによる調教を施し化骨の進み具合をチェックしながら来るべき日に備えた。「泳ぎも上手だったよ。走る馬は水面からブワッと腰が盛り上がって凄い水しぶきがあがる。キングセイバーもそうだったね」。

4連勝、そして…

 2歳の9月、競走馬の馬体としてすっかり垢抜けたキングセイバーは競馬場に入厩、予定通り11月の最終の認定レースに出走し見事初勝利をあげた。
 「900mで54秒フラット、このタイムでよしっ、と思った。」次走は距離を500m伸ばした。1分31秒7のタイム。3走目はそこから更に200mの距離延長、1分43秒フラット。4走目は軽めの馬場だったことも手伝ってコンマ5秒タイムを縮めた。「1500mを使わずにこのタイムには満足している」
 そして4連勝で臨んだ準重賞・雲取賞。キングセイバーは2番人気に支持されつつも結果4着に終わる。道中他馬と接触して外傷を負うアクシデントがあったのだ。幸い大事には至らなかったが敗因はその外傷?との問いに「負けた結果というのは人間があとから理由を探すだけなんだよ。」と八木師。言い訳無用の勝負の世界で確かな自信が見え隠れする。

厩舎改革 〜八木仁調教師〜

八木仁調教師にお話を伺ったのは木のいい香りが漂う厩舎前のベンチでのこと。朝から夜の8時までは厩舎内にヒーリング音楽が流れている。師の話が進むにつれ空模様も回復、真夏のような日差しの中ちょっとしたピクニック気分を味わいつつすっかり師の話術に酔わされて?しまった。
チップは寝藁の替わり(同厩舎では大半の馬房にチップを敷きつめている)、藁だと馬が食んで体重が増えてしまうのを避ける為だという。チップであれば飼料管理=体重管理に近い。ただ「馬体を作るのに余計に飼料を加えるやり方は一番嫌い」とも。チップだと藁のように使いまわしも不可、よってコストがかかるのでは?と聞けば「その分は馬で稼げばいいでしょ?」納得!
更に「じゃあ何でここ(厩舎前)を舗装したか分かる?ン百万円もかけて直したのか分かるか?」・・・・聞けば装蹄の際の出来栄えや歩様を見る為平坦な場所が必要だったとのこと。細部にわたって調教師・八木仁のモットーとポリシーが感じられる。先生のモットーは?との問いには人それぞれだけどな、と前置きをしつつ「厩舎改革」「新しい馬作り」と結んだ。


南関東に来た実感を掴んだ瞬間 〜酒井忍騎手〜

 昨年新潟から移籍してきた酒井忍騎手にとっても、うれしい南関東初重賞制覇となった。
「前々の競馬が理想で、後手後手だとよくないので、行く馬がいなければ、先に行く作戦だった。2,3番手の馬が、スタンド前で我慢してくれて、ペースも味方して、絶好の流れになったね。4角を回って仕掛けたときに、勝てると思ったよ。チャンスがめぐってきたね。
 ただ、3角で外に張って、馬自身がレースをやめようとしていたりと、まだとっさの事に対応できない不器用なところがある。期待しているからこそ、課題もあるんだ。
前走の大井・雲取賞は、馬場も初の右回りだし、かなりもまれたりと、厳しいレースだった。おまけに、1角で狭くなったときに、自分のトモを前脚にぶつけて気にしていた。ぶつけた外傷は、もう気にしていないけど、4着に敗れた原因は、そのあたりかもしれない。 以前に、わざと砂を被したら、下がっちゃたことがあった。気合いをつけたらまた上がっていったけど、大井の時は下がることもなく平気だった。神経質な面も持ち合わせているんだよね。
初めてこの馬に乗ったときは、跨った瞬間に雰囲気が伝わってきた。オーラというのかな。貫禄があって、重賞も勝てる馬だなと感じたよ。東京ダービーは、キングセイバーに乗る予定。いかに気分良く走らせるかだけど、満足できる競馬をしたい。新潟では、いろいろ重賞を勝たせてもらったけど、ダービーはまだ勝っていないので、悔いのないレースをしたい。
新潟から川崎に来て1年たつけど、正直こんな早く重賞を勝てるとは思わなかった。こっちにきて本当に良かった。うまーくいっているかんじだね」
そして、もう一つ酒井騎手には嬉しいニュースがある。4月22日に、待望のBABYが誕生。名前は、凛那(りな)ちゃんで奥様と二人で命名。予定日を10日ほど過ぎて心配させたが、3100gを超える安産だった。「騎乗と子育てで、最近は何もできない」とはいうものの、目尻は下がりっぱなしだ。新潟から八木仁厩舎にやってきた、父の酒井正男厩務員が、面倒をよく見てくれている。「家にいることが少ないから、お風呂に入れたりと、できることはやっているよ。子供を騎手に? 騎手にはしたくないなあ。絶対イヤだ(笑)」


2年目のラッキー 〜大重武志厩務員〜
 
 鹿児島県出身の大重武志厩務員。鹿児島の伊藤牧場で競走馬を育成するキャリアを10年積んだとき、ひとつの決断をした。厩舎に入って厩務員になろう、と。そして八木仁調教師に直談判。それというのも重賞戦線に管理馬を送り込む八木仁調教師のことを耳にしていたからだった。そこまで言うのならと引き受けた八木仁調教師の元でつとめるようになったのは2年前のこと。「自分はラッキーだったとあらためて思います」と充実したこの2年間を振り返る。「この馬はうるさい面もあるから気を使いますね。バナナが好きなんですよ。ニンジンよりも好きなくらい」。洗い場で手入れをする父の姿に厩舎の上の住宅から5歳と3歳の息子達が手を振っている。奥様は伊藤牧場のお嬢さん。故郷を離れる不安があった日も吹き飛ぶくらい喜びがあったことだろう。31歳。次なる目標に向けてまた闘いが始まる。
(2002/5月号)
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