厩舎訪問「佐々木吉郷厩舎」 
2002年8月号
  
       意外性あり!カリスマサンガール

「いやー、意外性があるね、この馬は。初戦の認定レース(5着)を見た限りでは、勝つのはまだかなあと思っていたんだ。特選は、他の馬が牽制したことで逃げる形になったけど、距離も1400mで、先にいかせたらバテると思われたのかもしれない。能力試験は後方から追い込んできたし、逃げにはこだわらないよ」
佐々木吉郷厩舎には、4月に入厩。1歳6ヶ月の時に師が見つけ出してきた。「腰がしっかりしていたところが気に入ったんだ。1歳時から馬体が立派で、腹回りはすっきりして、体はできあがっていたね。上背はないけど幅があり、ダートが合うような体つきが選んだ決め手。この先どういったレースをしてくれるのか、楽しみにしているよ」。
牡馬ではエンジェルボーイに期待している。体は大きくないが、バランスがとれている。気性はきかないけど競馬は素直だね。
カリスマサンガール
牝2歳  青鹿毛
佐々木吉郷厩舎
父トウシヨウサミツト
母メリーマドンナ
母の父メリーナイス
福島県白河市 三輪台牧場生産
2戦1勝(8月11日現在)
エンジェルボーイ
牡2歳   青毛
父サンデーブランチ
母キャラットナズミ
母の父シービークロス
北海道鵡川町 平岡牧場生産
1戦0勝(8月11日現在)


          滑車に隠れて競馬場へ

北海道小樽市出身。岩見沢の今でいうスーパーマーケットに丁稚奉公へ行っていた。スーパーの近所にあった岩見沢競馬の厩舎へ、馬が好きで野菜の残りを届けていた。ある日、厩舎の人から「一緒に競馬に行かないか」と誘われたが、店は簡単には辞められず、競馬に行く馬に隠れながら、滑車に飛び乗り競馬場へ向かった。13歳だった。
16歳で騎手免許を取得し、道営から騎手デビュー。当時は室蘭や小樽にも競馬場があったが、デビューは岩見沢。スーパーをこっそり抜け出し、騎手になったことを両親は反対しなかった。
19歳の秋、道営から先に川崎に移籍していた、三潟隆五郎氏(三潟調教師の父)に誘われ、川崎へやってきた。勝負服は緑・黒二本輪。大井の須田茂氏や荒山徳治氏とリーディングを張り合い、南関東2位になったこともあった。昭和53年、最後のレースになったのは、川崎でのこと。3角で転んだ馬につまづき落馬。折れた肋骨が肺にささる大怪我。そのまま引退し、昭和54年に厩舎を開業した。「難しいよ、調教師は。何年やってもね。馬の健康状態を常に把握しなければならないし、営業もある。厩務員へは、同じ事は2度言わないね。言う前に自分で動いちゃう。馬の脚は持って生まれた宿命だから、内蔵、特に腸をより気をつけているよ」

         競馬を教えてくれたリュウトキツ

「乗り役時代の思い出の馬はリュウトキツだね。スタートが上手で、レース中も自分で息を入れるし大レースでも心配なところがなかった。このあたりから上がっていこうと思うときには自分からガッとハミをとって上がっていく。それだけ利口な馬だった。リュウトキツに競馬を教えてもらったね。東京競馬場での第1回目の交流競走でリュウトキツが招待された時、府中の芝で直前の追い切りをやって、素晴らしい時計を出したんだ。ただ当日は土砂降りで、芝は雨で滑るから馬が怖がってすくんでしまった。重馬場は上手だったのにねえ。いい天気で走らせてやりたかったと今でも悔やんでるよ。リュウトキツが引退するときは、俺も辞めどきかなと思ったね。競馬を教えてくれた馬だった」
リュウトキツ
昭和42年生まれ
父フイリユース
母玉竜
新貝一雄厩舎
主な勝ち鞍
東京ダービー
東京盃
報知オールスターカップ
川崎記念

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