☆ ジョッキー引退 ☆


久保勇騎手<4552戦418勝>
「これだけたくさんの馬に乗せてもらえたし重賞も勝ったし悔いはないよ。」とさわやかな笑顔で語ってくれた。
この世界に入ったきっかけは元騎手である父と兄。「飼い葉桶の中で生まれたんだ」と冗談が出るほど馬と一緒にすごした。
そして20年前に父、兄と同じ騎手となったがもともと骨太な体質で背も伸びてしまい、騎手となったと同時に減量との闘いも始まった。レースのあるときはのどが渇いても氷を口に含むだけ、食事も一日おにぎりひとつだけだったという。

「よく20年も続いたなと思う」というがそれだけ馬への想いがあったからなのだろう。思い出のレースは兄の久保秀男調教師が開業し厩舎初のレース、イシノカサブランカで勝てたこと。思い出の馬はやはりエスプリフェザント。「初めて跨った時にこの馬は絶対に走るって確信があって周りの人に言っちゃったくらい(笑)本当に走ったし。」
引退を考え始めたのは1年前。
「体力的なこととけがの後遺症もあったんだけど調教師になりたいという夢もあったから」。
今後は武井厩舎で調教師補佐を目指す。
「武井先生が安心できる厩舎にしたい。そして自分で納得が出来たら調教師になりたい。今まで応援ありがとうございました。調教師の夢が叶ったらまた応援よろしくお願いします」



内田竹彦騎手<659戦17勝>

内田勝義調教師の甥っ子という環境で育った内田竹彦騎手だが、その7年半の騎手生活はケガとの闘いだった。
「山あり、谷あり・・そんな騎手生活でしたね」とみずから振り返った。
落馬負傷による長期欠場は4回。そのうちレース中の怪我は1回だけで、調教中のアクシデントが多かった。「最初は靱帯。そのあと骨折したんですが、それが完全に治りきれないうちに乗り始めてしまったので、また休む結果になってしまって‥」と勝負服を脱ぐまでには葛藤もあった。
「いろんな馬に乗りましたが一番印象深いのはアイシーエルザですね。可愛くて素直で、それでいて7つ勝たせてもらいましたから。ミルパレードで勝利インタビューされたこともいい想い出です。重賞に騎乗することは叶いませんでしたが、今度は厩務員として重賞に挑戦したいですね」 。6月1日からは田村厩舎で厩務員をつとめる。

2006年5月号
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