![]() |
![]() |
|
☆ 森下博ジョッキー2500勝達成 ☆ |
||
![]() これはお世話になったある人からもらった言葉。とても大切にしているんだ。「苦労しなければ人間は報われない。がんばれ」と。 職人はこうでなければならないと改めて思う。森下騎手はそう言った。 8月13日大井競馬第8Rムーンプライドに騎乗し2500回目の勝利を手にした森下博騎手。デビューから20,021戦目のことだった。 埼玉県の農家の六男坊に生まれた森下騎手。 中学校の先生がタイヘイ牧場の親戚という縁で騎手の道を志し、井上有蔵という師匠に出会った。「『ステッキ一本で食えるようにしてやる』といって一丁前になるまでたくさんのチャンスを与えてくれた」と、井上師亡き後は兄デシの故・佐々木国広師そして現在は長谷川茂厩舎に所属し井上一門の結束の堅さを実感しているという。 初騎乗初勝利を飾ったのは昭和48年11月7日クインミツルでのこと。 「行ったっきり余裕で逃げ切ったら、カッコつけてないで最後までちゃんと追え、と叱られた」と笑った。 初重賞制覇は昭和50年9月22日のキヨフジ記念。 シャンタンに騎乗し、3、4番手から早めに仕掛けて4コーナーでは先頭に立った。 最後はアタマ差くらいのきわどい勝利。 「この時も仕掛けが早いと師匠からは叱られた(笑)」。 森下騎手といえばエスプリシーズとのコンビで川崎記念制覇など席巻したことが記憶に新しいが、「エスプリシーズという馬は今まで乗った中で最強の馬。ゲートにやや課題はあったが、乗り心地がとにかくいい。反応が良い。こっちの思うように動いてくれるんだ。種牡馬になったからにはこの馬の子供にはぜひ跨ってみたいね。これも夢の一つ」。 夢といえば、中学二年生の時に騎手になることを決意したのは初めて連れていってもらった東京競馬場だった。「いつかここで」と誓った。今春の新設GTヴィクトリアマイルでは思いがけなく受けた抜擢騎乗依頼。 「行く馬がいなかったので逃げるかたちになったが、とにかく気分が良かった。結果は残念だっけたど。いつかココの大舞台で乗りたいという中学生の時の夢が叶った。次は・・・勝てたらいいね」 「2500勝も達成できた。あとは一つでも多く、少しでも長く乗っていきたい。ひとつひとつ、一生懸命にね」 森下博・・・・生涯騎手である。 |
||
![]() |
||
Photo by YANAGIHARA.P | ||
2006年9月A号 |
||
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |