川崎競馬厩舎訪問 〜小向トレセンにようこそ〜 2016/8 村田順一厩舎


◇この記事は川崎競馬馬主協会ニュース 2016年8月号に掲載されたものです◇



村田順一調教師の前にはいつも大きな背中が2つあった。
ひとつは父親である“村田六郎調教師”。そして国民的歌手であり馬主としても知られる“北島三郎”さんである。
調教師をしていた祖父・幸男さんが亡くなったのは村田師が2歳の時でほとんど記憶がなく、物心ついた頃すでに父・村田六郎調教師は騎手から調教師に転向していた。
「中学校に入るときには130pくらいしかなくて、周囲からは騎手になるならちょうどいいと言われましたが、厩舎で育ったんで馬がいるのは日常当たり前なこと。 それを職業にしようとは思わなかった。親父からも馬の仕事をしろと勧められたことは一度もなかったですね」。

高校を卒業すると情報処理の専門学校に進んだが、「やはり馬の仕事をしたい」と19歳で父親の元で厩務員として働くことを決めた。 「当時、親父の厩舎にはベテランの腕利き厩務員が多くいて、最初は寝わら上げだけやってろって2ヶ月くらい馬に触らせてもらえなかった(笑)。 朝は早いし一日中動きっぱなしで仕事終わるとバタンキュ。それでも馬の仕事は楽しいと思えたし、あのときに先輩方に教わったことは今でも自分のベースになっています。 何より一生懸命手がけた馬がレースで良い結果を出してくれたときの喜びは代え難いものだった」という。

2011年には調教師補佐となり、2015年4月に調教師試験に合格すると初出走は10月。 「馬は7月には入って来ていたんですが、気の悪さもあって、オーナーがじっくり時間を掛けて構わないと言ってくれたので秋まで待ちました」。
そう言ってくれたオーナーとは北島三郎さん。 初出走馬となったキタサンツバキは近走3着、3着、2着、3着と勝利まであと一歩というところまで来ている。
「入厩した頃は気性が難しくて苦労しましたがようやく大人になってレースに集中できるようになってきた」 と待望の厩舎初勝利も目前だ。
「母が北島家でお手伝いをしていたのが両親の縁であり、北島先生が仲人。自分が子供の頃から親父の厩舎に馬を見に来ていましたし、開業してからも応援してくれています。 普段馬の話をしていても偉ぶることなく素晴らしい方です」と父の代から大きな支えになっている。

在厩2頭からのスロースタートだったが、現在は7馬房となり、三上慎太郎厩務員と二人三脚。
「馬は一筋縄ではいかない相手。安定した状態を保つのは簡単なようで難しいものです。 調教や飼料面については親父の厩舎で学んだことをベースにして、新たな飼料を取り入れるなど試行錯誤しているところ。 調教メニューなど相談することもありますし、父であり、師匠であり、先輩調教師でもある存在がそばにいるのは恵まれていると思います」と道を拓いてくれた2つの大きな背中に感謝しつつ、42歳となり調教師として一本立ちした今、オリジナルな馬づくりに邁進する。

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